脳血管障害

もやもや病

もやもや病とは

脳に血液を供給する動脈には椎骨動脈系と頚動脈系があります。正常の場合、椎骨動脈系は小脳、脳幹、後頭葉など脳の後ろ1/3の部分を栄養し、一方頚動脈は顎の下あたりで顔面や頭皮を栄養する外頚動脈と脳の前2/3の領域に血液を供給する内頚動脈に分かれます。もやもや病は内頚動脈が頭蓋内に入って内側の前大脳動脈と外側の中大脳動脈に分岐する三叉路の部分が進行性に狭窄する病気です。主幹脳血管が狭窄すると脳への血流が減少し、代償性に脳底部の本来細い血管が発達してきます。発達した細い血管は、脳血管造影検査で煙が「もやもや」と立ち上るように見えることからもやもや病と呼ばれるようになりました。

原因ははっきりとは分かっていません。10数%程度の家族内発症がみられます。また他の疾患に続発して見られる場合もあります。発生率は人口10万人あたり0.35-0.5人程度とされていますが、MRI検査の広まりとともに無症状の患者さんが発見される機会も増えています。患者さんの男女比は1:1.8と女性に多く、年齢分布は10歳以下と30-40歳台に2つのピークがあります。

現在、もやもや病は厚生労働省の特定疾患として医療費助成の対象となっています。特定疾患の申請につきましては最寄りの保健所にご相談下さい。

もやもや病の症状

患者さんがお子さんの場合は脳虚血症状を呈する例が大半であり、一方成人では約半数が脳出血で発症します。

小児期の典型的な発症形式としては、大泣きしたときや笛を吹いたとき、麺類を覚ましながら食べたときなど過呼吸状態になった際、血中の二酸化炭素濃度が減少して脳血管が収縮し、麻痺やしびれ、言語障害、手足の不自然な動きなどを生じます。通常は数分から30分程度で回復しますが、症状が改善しない場合には脳梗塞となって後遺症を残すこともあります。特に乳幼児期に発症する例では年長児に比べ狭窄の進行が速く、受診時には既に脳梗塞になっている例が多いとされています。

成人では上記の脳虚血発作以外に約半数が頭蓋内出血(脳内出血、脳室内出血、くも膜下出血)で発症します。代償性に発達したもやもや血管は脆弱であり、これに負担がかかることにより破綻して出血すると考えられています。また脳動脈瘤を合併する場合もあり、これが破裂することもあります。

上記以外にも頭痛型やてんかん型の発症形式を示す場合もあり、これらも脳の血流不全により生じるものと考えられています。

手術までに必要な検査

以下の検査のうち、外来で施行可能なものは通院で行いますが、脳血管造影検査(DSA)については当科では入院して行うこととしています。このため多くの場合、治療方針を決定するために3-5泊程度の検査入院をしていただきます。手術が必要と判断された場合には一旦退院し、あらためて次回の入院日を決めます。

  1. MRI
    脳梗塞や脳出血の有無、脳血管の狭窄やもやもや血管増勢の程度を確認します。もやもや病に合致する一定条件以上の所見があればMRI検査のみで特定疾患の申請が可能です。
  2. 脳血流核医学検査(SPECT検査)
    ごく低い線量の放射性薬剤を静脈内に注射して、脳への血流量がどの程度落ちているのかを調べます。安静状態と、途中で血管を拡げる薬(ダイアモックス)を負荷した状態とで計2回撮影します。ダイアモックスを注射した直後にはふらふらしたり、手足がしびれたりすることがありますが、通常は比較的速やかに元に戻ります。30分程度の安静が必要です。
  3. 心理検査(IQ検査)
    特にお子さんの患者さんの場合、IQ検査を行って発達の過程を長期的、継続的に評価していきます。
  4. 脳血管造影(カテーテルによるDSA検査)
    脳血管の状況が最も詳しく評価出来る検査です。成人では穿刺部の局所麻酔で施行可能ですが、お子さんの場合は全身麻酔が必要になります。太ももの付け根にある大腿動脈から2 mm程度のカテーテルを挿入し、大動脈を通って順次頚動脈、椎骨動脈の中を頚部の高さまで進めて造影剤を流し、血管撮影装置で血管の太さや血流の状態を写します。途中で血管を傷つけたり、血栓を脳に飛ばしたりしないよう注意が必要です。検査は30分〜1時間程度で終了します。

これらの検査以外にも、造影CT検査や脳波検査などを行う場合もあります。また入院するにあたっては一般的な検査(血液検査、心電図検査、胸部および頭部レントゲン検査など)が必要です。

治療、特に外科的治療(手術)の目的と内容および限界

現時点の医学レベルでは狭窄した血管を正常の形態にすることは出来ませんが、治療により血瘤を増やし症状を改善することは可能です。脳血流不全の程度が軽い場合には投薬なしで、あるいは抗血小板剤(血液をサラサラにする薬)で経過をみる場合があります。また頭痛がある場合には鎮痛剤を、てんかん発作がある場合には抗てんかん薬を服用します。

脳血流不全の程度が重く、脳虚血発作がみられる場合には血行再建術(バイパス手術)をお薦めします。手術を行うことにより脳への新生血管を発達させ、脳血流不全状態が改善し、将来の脳梗塞や脳出血の危険性を下げる効果が期待できます。多くの場合、手術する際には前頭側頭部の頭髪のある部分の皮膚を切開し、骨を楕円形に外して脳表に至ります(図1)。

頭髪は切開部に沿って周囲2,3 cmの幅で剃るのみとします。必要によっては前頭正中部や後頭部にも手術を加えることもありますが、いずれの場合も傷は毛髪の中に隠れます。血行再建術には大きく分けると2つの方法、すなわち直接的血行再建術と間接的血行再建術があります。直接的血行再建術は頭皮の血管(浅側頭動脈)を脳表の血管(中大脳動脈)に直接つなぐ手術です。一時的に血流を遮断して細い糸で血管を吻合し、血流を再開すると速やかに脳血流を増やすことが出来ます(図2)。

もやもや病の脳表の血管は細く壁が薄いことが多いので、バイパス手術の中でも難しい部類に属します。一方、間接的血行再建術は皮下の血管や筋肉、硬膜を脳の表面に接着させて、それらからの新生血管の発達を促す方法で、術後1ヶ月〜数ヶ月かけて脳に対して根を生やすように徐々に血管が発達してきます。岡山大学でこれまで前頭側頭部に対しては患者さん毎にいずれかの方法を選択して、あるいは組み合わせて行ってきました。最近では、多くのもやもや病患者さんに対しては両者を組み合わせた複合的血行再建術を行っています(図3)。

手術した部位を閉じる際には、脳に接着させた筋肉の上に骨を戻し、チタンプレートを用いて2,3個所で周囲の骨に固定します。小さなお子さんの場合には生体吸収性のプレートを用います。次いで皮膚の下に血液貯留を防止するドレーンチューブ(手術翌日には抜去)を1本入れ、皮膚の傷を縫合して終了します。

ごく稀に、脳の血管をみて直接吻合することが困難と判断されれば、間接的血行再建術のみを行うこともあり得ます。術後に病気の進行が速かったり、新生血管がうまく発達しなかったりした場合には効果が不十分に終わることもあります。またこれらの手術が終わった後にも他の領域の脳虚血が進行することもあり、その場合には追加の手術が必要となります。

考えられる手術の合併症

最も心配な合併症は手術中、手術後に脳梗塞を生じ、麻痺やシビレ、言語障害、意識障害、知的機能障害などを生じることです。これは手術中の一時的血流遮断、貧血、低血圧、低炭酸ガス血症などにより脳循環血液量が減少することにより、また手術後にも脱水やけいれんなどにより起こる可能性があります。周術期にはこれらに注意して脳梗塞の予防に努めます。出血を補うため輸血が必要になるかもしれません。

逆に直接血管を吻合した周囲では脳血流が急激に増える(過潅流症候群といいます)ことにより、脳が腫れたり、脳内出血を起こしたりする可能性もゼロではありません。この場合には鎮静状態を保つために術後数日間麻酔薬を続けることもあります。

また頭皮の血管をバイパスに用いますので、頭皮の血流不全による皮膚の壊死、脱毛、感染などにも注意が必要です。通常、皮膚切開は頭髪に隠れますが、患者さんの体質によっては無毛部の幅が広くなり、頭髪が短い場合には切開部が目立ってしまうこともあります。

手術後の検査、通院

手術直後の入院中にはMRIやCT、脳血流検査を行い、症状も含め特に問題ない場合には、術後1週間ほどで抜糸し、その数日後には退院できます。

退院後1ヶ月目には一度外来に来ていただき、手術の傷や症状に異常が無いかどうかチェックさせていただきます。

もやもや病の患者さん、特にお子さんの場合、手術した領域以外の血管狭窄が徐々に進行する可能性があり、術後の定期的な経過観察が大切です。手術から数ヶ月ないし半年後には2,3泊の検査入院をしていただき、手術前と同様の脳血管造影、MRI、核医学検査(脳血流SPECT)などを行い、手術の効果を確認し、病状の進行の有無、新たな手術が必要かどうかなどを調べます。

落ち着いた状況であれば、その後は半年ないし1年毎の外来通院で診察およびMRI検査、SPECT検査などを続けていきます。