1. 脳動静脈奇形(AVM(エーブイエム))とは
通常の脳循環では動脈と静脈の間に毛細血管が存在しますが、脳動静脈奇形(arteriovenous malformation, AVM)では、胎生早期の異常により、脳の一部で毛細血管が欠損して動脈血が直接静脈側に注ぐ状態(短絡)となり、このため静脈系には過大な圧がかかります。動静脈が短絡する異常な血管の塊をnidus(ナイダス、「巣」の意味)と呼びます。10万人に1人の割合で発生します。通常の例では遺伝はしません。
2. AVMの症状
症状を起こす典型的なきっかけは脳内出血やくも膜下出血などの頭蓋内出血です。過大な圧が静脈側にかかることによって、あるいは時に多大な血流により発生した動脈瘤が破裂することによって生じます。出血による症状は、場所や程度によって様々であり、頭痛、意識障害、麻痺や感覚障害、言語障害、視野障害などを生じる場合があります。多くは他の原因による脳卒中よりも若い年代で発症します。初回出血による死亡率は必ずしも高くはなく、10%前後とされています。未破裂AVMの年間出血率は2%〜数%であり、一方、一度破裂したAVMの出血率はより高くなります。
次に多い症状はけいれん発作で、大きいAVMに多いとされています。また本来周囲の脳へ供給される血液がAVMに盗られることによって、麻痺やしびれなどの脳虚血発作、認知機能の低下などを生じる場合もあります。
これら以外に頭痛、拍動性耳鳴、心不全などを来すこともあります。
3. AVMの患者さんにとって必要な検査
AVMが見つかった場合、必ずしもすべての患者さんにすぐに治療を行う訳ではありません。治療を行うべきかどうか、治療するのならどの方法がよいかに関しては年齢や症状、出血の有無、AVMの場所や大きさ、治療の危険性などにより個々の患者さんによって異なります。こちらから治療の必要性と治療が必要な場合の治療手段について適切な提案をさせていただくためにはあらかじめ以下の検査が必要です。
(1)MRI検査
AVMの大きさや周囲の脳との関係、潜在的な脳のダメージの有無などをチェックします。最新の機能的MRIでは運動神経や言語中枢とAVMとの位置関係を明らかにすることも出来ます。
(2)単純および造影CT
出血や石灰化の程度を調べます。また造影剤を静脈注射して血管の立体的な構造を明らかにします。
(3)脳血管造影(カテーテルによるDSA検査)
血管の様子がもっとも詳しく分かる検査で、入院して行います。局所麻酔で(小児では全身麻酔で)太ももの付け根の大腿動脈から2 mm程度のカテーテルを挿入し、頚部の脳血管に進めて造影剤を動脈内に注入し、ナイダスの大きさや場所、流入動脈や流出静脈の状態を調べます。検査は30分〜1時間程度で終了しますが、検査後は4時間ほどベッド上安静が必要です。
これら以外にも脳波検査や脳血流核医学検査(SPECT検査)などを行う場合もあります。
4. AVMの治療と合併症
治療を行うにあたっては、AVMが存在する限り将来出血する可能性があり、それを防ぐためにはAVMを完全に消してしまうことが必要になります。AVMの治療は、1)開頭手術、2)脳血管内治療(カテーテルによる塞栓術)、3)放射線治療(ガンマナイフ、サイバーナイフ)の3つに大きく分けられ、単独の方法で、あるいは組み合わせた方法で治療を行います。
(1) 開頭摘出術
開頭を行って、AVMを含む脳を露出し、手術顕微鏡の下でAVMに流入、流出する血管を切離してAVMを取り除く方法です。最も基本的な治療法で、特に重要な機能(運動や言語、視野、計算など)を持つ領域から離れ、脳表の浅い場所に存在する比較的小さいAVMには最優先の方法です(図1)。術中は蛍光血管造影やカテーテルによる脳血管造影も行って完全に摘出するように努めます。
手術に際して最も注意すべきことは術中の出血です。AVMに出入りする血管は慎重に1本ずつ切離していきますが、これらは脆く、止血に難渋することもあります。また流出静脈の損傷や急激な血行動態の変化によってナイダスや周囲脳の腫張や出血を生じる危険性もあります。出血がコントロールできなくなると命にかかわる危険な状況となります。
(2) 脳血管内治療(カテーテルによる塞栓術)
多くの場合は開頭摘出術または定位的放射線療法の前処置として行われます。大腿動脈からガイドカテーテルを挿入して頚部脳血管まで送り込み、さらにその中を非常に柔軟で細いマイクロカテーテルを進めて、脳内のAVMの近くまで挿入します。ここから正常な血管が分岐していないことを確認した後、その血管を新しい塞栓材料であるOnyx(オニックス)や接着剤、コイル、粒子、絹糸などを用いて閉塞します。Onyxは欧米では2000年頃から使用されていますが、本邦では2009年からようやく使用可能となった非接着性の液体塞栓材料です(図2)。
一方、接着剤は日本では血管閉塞用として認可が下りていませんが、優れた塞栓物質で日本を始め世界中で広く使用されています。時に塞栓術のみで完全消失が得られる場合があります(図3)。
手術後は穿刺部(針で刺した場所)の止血を行い、4-5時間ほど穿刺部を動かさないように安静にして頂きます。
血管内手術で最も心配な合併症は血管を詰めることにより正常な脳組織も血流不全に陥り、症状が悪化することです。麻痺、しびれ、視野障害、言語障害などが出現する可能性があります。またカテーテルによる血管の損傷や塞栓物質が静脈側を閉塞することにより出血が起こることがあり得ます。もし出血が起これば緊急手術が必要となる場合もありますが、激しい場合には命に関わる状況となります。これら永久的な合併症の頻度は軽いものから重いものまで含めて一般に数〜10%前後と報告されています。まれですが塞栓物質によりカテーテルが脳内血管に取り込まれる、あるいは接着されてしまう危険性、カテーテルの破損により思わぬところが閉塞されてしまう危険性もあります。また長時間放射線が頭皮にあたることで局所の脱毛や皮膚の紅斑を生じることもあります。
(3) 定位的放射線治療(ガンマナイフ、サイバーナイフ)
放射線治療では3 cm以下のサイズのものが適応となり、AVMにターゲットを絞って照射された放射線により血管の変性、血栓化が生じ、徐々にAVMが閉塞していきます。脳血管造影上、2, 3年かけて7-8割のものが完全消失するとされています(図4)。大きなAVMは放射線を絞った有効な照射ができないため適応とはなりません。
まれに血管造影で完全消失を示しても出血した例が報告されています。また周囲の脳に放射線によるダメージや嚢胞形成を生じて手術が必要になったり、ごく稀に放射線の影響で脳腫瘍が発生したりすることも報告されています。